安藤明率いる大安組の作業員は、その不気味な空気が流れる中、飛行場中にばら撒かれたゼロ戦の撤去作業を始めた。幸い作業員には、鉄砲の音などが聞こえないようで作業は開始された。
(谷間に投げ出された飛行機の残骸)
先ず、小型の戦闘機を滑走路からトラクターで引っ張り出して排除し、重量機を運搬するための道を作った。
コンクリートの滑走路では壊れた飛行機でも動かすことは容易だが、隣り合わせいる芝生に入ると、雨でぬかるんでいることもあって簡単には動かない。
しかし彼らは重量物運搬のプロだ。飛行機の後部にロープをつけてサケの尾ひれに紐をかけ吊り下げるように、後ろ向きに引きずり出して周辺の谷に突き落とす。
ここが飛行機の墓場となっていく。
厚木基地に飾られている、アメリカ軍が偵察で撮った航空写真の中には、その当時の飛行機の残骸が移っている。
戦闘機はなんとかなるが、爆撃機はそうはいかない。
「飛行機を壊して運べ」熊野が叫ぶ。
「羽根をもぎ取れ。足を外せ」
安藤が指示に行く。
「かまわない。二本のワイヤーを飛行機の翼に縛りつけ、二台のトラクターで引いてみろ」
翼はメリメリと悲鳴を上げてちぎれていく。
車輪を壊して胴体だけにすると大きなオットセイのようにむっくりした機体が滑りやすくなり、ゆっくりと寝た子を布団ごと移動するように動いていく。
「それ引っ張れ。気おつけろ。胴体が転がってくるぞ」
掛け声をかけていた安藤が、そのワイヤーに足を取られて泥たまりに後ろ向きに大きな体が投げ出された。
疲労から安藤は一瞬気を失う。暗闇に安藤の姿が消えた。と、メリメリという音にはっと、目を覚ます。巨体が迫ってくる。と、近くにいた工員が、
「この野郎!今から寝てやがって誰だ」
「なーんだ。親父じゃないか。もうすこしで潰すところだった。あぶねー危ねー。親父はあっちえいって一杯やってな。ここは任せてくれ」
安藤は部下の思いやりにポロポロと涙が出て止まらない。
変わって安藤は格納庫で炊事班の作ってる食事の配給に回る。車に積んで運び配って歩く。
「気おつけろ。頑張れ」まるで戦地の炊事班のよう闇の中を懐中電気一本を頼りに激励に回って歩く。
皆、「せーの」。と声を合わせて引いていく。
けが人も出始める。
救護班が飛んでいく。しかし誰も弱音を上げずに進めていく。作業は急ピッチに進んでいく。時折バリバリと大きな音を立てる。
重量機が二つに裂けていく。大型爆撃機は、四本のワイヤーをトレーラー四台で引き裂く。高音と共に壊されていく。
「大丈夫か。無理するな。あわてるな。頑張れ」
安藤は傍らで激を発し給食を配った歩く。男たちの勇壮な戦いが、夜を徹して土砂降りの中、汗まみれになって進めていく。
時は8月の26日。
夜とはいえ真夏の暑さと体温の暑さで、男たちの体からは湯気が上っている。
まるでアリの群れが、手足のないカブトムシの胴体を引きずっていくようだ。
飛行機は徐々に引かれて谷底に突き落とされていく。
ガシャン、ガシャンと音を立てて墓場となった谷が埋まっていく。
真夏の夜明けは早い。薄明かりの中を見渡すと、すでに半数近くが片付けられている。皆,ろくに休憩も取らずに必死に作業をしてきた。
次第になれてきて順調に進んでいる。昨夜来の雨は次第に小降りになっているが、風は厳しくなっている。
天気予報は台風の接近を告げている。
「社長。どうだろう。この分では予定の昼ごろまでには完了するだろうか」と,
佐藤は連合軍から通告されている期日を気にしながら言った。
「しかし佐藤さん。昼の日中に作業するのはどうかな?反乱軍を刺激して危険ではないかな」
このように厚木基地での突貫作業は進んでいった。