安藤には秘策の実行時期が気になっていた。
佐藤は安藤に目配せして(もういいいだろ)と合図が来た。
用意してきたのは薬である。
(安藤の手記には麻薬とあるが、おそらく睡眠薬であろう)
薬をコップに入れてそれに酒を満たして、
「さー司令、もう一杯、さあさあどうぞ、乾杯」
と、安藤も別の杯に酒を注いで一気に上げる。
しばらくして小園は泥酔したのようにぐったりして安藤に倒れこんできた。
これ幸いと安藤と佐藤の二人掛かりで小園を抱きかかえて、
「司令が酔われたようだ。介抱してくる」と同室の将兵に告げて別室に運び出すことに成功した。
小園司令は待ち受けていた軍医と憲兵隊に引き渡されたのである。
これが最後の厚木基地との別れとなろうとは想いもしなかったであろう。
運命の帳が下りたように・・・。
小園は、直ちに横須賀の海軍病院に運ばれていった。
反乱軍の首領小園司令は殺傷騒ぎも無く無事排除させれた。
刺し違いまで覚悟してきた佐藤大佐は、幸い命拾いをし、安藤に頼んだ「俺の骨を拾ってくれ」という事態は免れた。
司令を失った部下たちは状況の急変に戸惑いながらも士気を失い各自の思いで散っていった。しかしやけばばちになった連中は最後の反撃を機会を待っていた。不穏分子として基地に残りわずかな策を練っていた。武器を持った兵士による危険は排除されていない。
佐藤と安藤はその場を離れ
「安藤さんありがとう、お陰さまでうまくいった」
「やー、お互い様で、佐藤さんは死なずに済んだし、でも小園大佐はすごい人ですね。私は彼には敬服したと言うのが本音です。さすが海軍の英雄ですね」
「それでは佐藤さん、私はこれで帰ります。佐藤さんにはまだ重要な仕事があるんでしょう」安藤は早々に役目を終えたと挨拶した。
「安藤さん一寸待ってくれ、俺にはまだ難題が待っているんだ。アメリカさんを受け入れる準備が必要だ。一旦司令部に帰って報告し今後の対策を相談しなければならない。俺も今すぐ帰るから又送ってくれないか」
「ああ、いいですよ、お疲れでしょうからどうぞ乗ってください」
手塚の運転する41年型ビューイックは空色の車体を見せて待っていた。
「手塚、さーかえるぞ」
「はい」
「安藤さんついでにもう一度滑走路を見てみたいんだが」
「こんな夜中に見えますか?」
ヘッドライトに照らされた滑走路には無数に壊された飛行機の残骸が四散している。情報によれば、壊された飛行機は200機とも300機ともいわれ、車輪を壊されたりパンクさせられているもの、機首を地面に突っ込んでいるもの、後部車輪が無いものなど、とてもまともには動かせないものばかりであると言う。
特に重量級の爆撃機は始末が悪い。佐藤の頭にはこの惨状をどのようにして片つけるか。「半端なことじゃーないな」と一人つぶやいて頭を抱えていた。車は深夜の東海道を走る。
佐藤の考えはこの難題をまえに、いろいろと方策をめぐらしていた。
(このどさくさで如何にしてこの難題を解決するか?軍は解体された。警察は慌てふためいて各地の治安に手間取っている・・・肝心の基地の兵隊は復員を通達され ていて皆パニックのようになっている。基地の反乱排除の一策として、なんでも持ち帰っていいと通達したが、皆先を急いで物資を持って基地を後にしている。 それが裏目に出ていて今更組織を立て直せない・・)
ふと、隣に眠っている安藤の顔をみた。普段はうるさ型で民間の業者とも思えない業腹な男だが、仕事は確かだし、きっぷのいい親分だ。(俺は安藤とは長い付き合いで彼を誰よりも信頼してきた)
(そうだ。ここに安藤が居る。これぞ天の助けだ)。