大安組の本社は西銀座の新橋に近い土橋を渡り数寄屋橋に向って3軒目にある。当時では3階建てのモダンなビルであった。
以来、安藤の心は親さまの言ったアメリカ軍人とはどうすれば見つけられるのか無性に気なっていた。
小雨降る日、安藤が社長室からおりて玄関先に出ると、折から二人の将校風の軍人が歩いてきた。小雨の中を早足に通り過ぎそうになるのを、とっさに
「ハロー」と声をかけた。
「はい、こんいちは」と日本語が返ってくる。
「おやーあなたは日本語が出きるんですか」と傘を差し出し近づくと、
「はい、できるよ」と言う。安藤はびっくりしながら、
「雨ですから少し休んでいきませんか」
しばらく二人は話し込んでいたが
「どうぞ、どうぞ」と手招きすると、
「いいよ」と安藤の誘いに応じてくれたのだ。
三階の社長室に通すと豪華な応接セットを中央にして、通りに面して安藤のデスクがある
「どうぞ、お掛けくださいウエルカム。私はアメリカ軍を歓迎します」
安藤は自己紹介をしてから、
「あなたの名前はーー」と、尋ねると
一人の軍人は、
「私の名前はバーナード フイッシャー大尉と言います。日本語のお魚屋さんです」と笑いながら言うのである。
もう一人を指差し、「彼はベヤー・ストック大尉です」と紹介する。
「やー、そうですか。魚屋さんですか。これは分かりやすいですねー」と安藤もうれしそうに笑って答えた。
秘書が驚きを隠しながらお茶を運んできて三人は次第にくつろぎ、フィッシャー大尉に、
「ところでどうして日本語がそんなにうまいのですか」と訪ねると
「私はアメリカの大学で日本語を勉強しました」
「それはすばらしい、それで日本に来ることになったのですね」と言うと、
「ええそうです。ところがフィリッピンにいる上官とうまくいかず、危なくドイツに回されそうになりました。それでは何のために日本語を勉強してきたか分からない。それならアメリカへ帰るといって、マッカーサー元帥を困らせました」
「えーあなたはマッカーサー元帥と親しいのですか!?」
安藤はひざを前に突き出し、胸の高まるのを押さえながらたずねた。
「私の父と元帥は親友なんです。私は一大尉ですが常に元帥に合えて、どんなことでも話し合える仲です」
安藤の驚きは大変なもので、この人こそ親さまのお告げにあった軍人だと確信し、
(やはり親さまの言ったことは本当だった。この軍人とよく相談してみよう。
きっとマッカーサー元帥とも連絡がとれるはずだ)と期待に胸を膨らますのである。
信じがたいが、この奇縁は次第に深い友情で結ばれ、天皇とマッカーサー元帥との会見へ、また、天皇制護持実現への八面六臂の秘策を練る関係ができるのである。