「おれは親様に合いに行ってくる」
これまで一人で闘ったかってきた抗争の喧嘩とは違って、全軍を指揮いる大将の立場だけに、重大な決断を前には、安藤は決まって川崎にある通称「宿河原のお不動さん」へ向かう。
妻正子は殺気立つ安藤の気持ちを察して、
「それがいいですね。親様がなんと言われるか」
と送り出す。
部下に待機させて深夜に秘かに家を出た。
寺の脇を通過する国鉄南武線があり、久地駅の近くで宿河原町にある。
溝口と登戸との中間にある。
通称「宿河原のお不動さん」と呼ばれている寺である。
師はこの寺の初代教祖でやせ身ではあるが眼光するどく、リンとした風格で近寄り難い威厳を発しっている。怖いもの知らずの安藤も、親様の前では身を低くして正座し頭の上がらない存在であった。
よく部屋の中で親様にたいする安藤が、叱られている子供のように「はいはい」と頭を下げて身をちじめていたものだ。
親様は深夜の訪問にも関わらず親様は法衣を身につけ安藤の来るのを知っていたかのように正座して待っていた。
「親様こんな夜分にすいません。実は厚木事件の解決に命がけの仕事をしなければなりません」
親様は先刻承知のようにうなずいていた。
おもむろに静かに威厳を発すると、
「終戦は、天皇様が決めたことぞ。だったらやるんだ。安藤様よ、お前ならきっと出きる。成功するんだ。そして日本を救うんだ」
(親様はすでに承知しておられたんだ)安藤は驚いたが、腹は決まった。親様の顔を見ると静かにうなずいておられる。勇気が湧いてきた。
「はい、親様、分かりやした。これから始めます。」
深く頭を下げて席を立った。
安藤と寺との関わりは長いが、これまでも教えに従って繁栄を築いてきたものだ。世の中には、先の見えない経営者は多い。こんな時に教えを聞いたり、頼れる師がいるのはどんなにか心強いものだ。
この親様が安藤を一世一代の大仕事をさせる陰の演出者なのだと知るには、これからのさまざまな奇蹟的現象を見れば、分かってもらえると思う。今は寺のことを説明する時間が無い。新明国上教会
しかし安藤はここの寺との関係を他人には一切話をしない。家族にしか分からない秘められた関係なのである。
男として、事業家としてのプライドもあったのかもしれない。