深夜の交渉安藤を揺り起こして、佐藤は、
「安藤さん、実は又折り入って頼みがある。起きてくれ」
「なんですか。もう私の役目は終わっているでしょう」
「実はな、基地の整備の問題なんだが」
安藤は(来たな、内心すでにこの整備の難題はそんじょそこらでは出来無い、俺の出番だな)とすでに読んでいたのである。
「佐藤さん俺も商売人だ。こんなことになろうとは読んでいた」
佐藤はさすが親分だ敵のほうが一枚上だと察し、
「どうだろ、滑走路は見ての通りだ。敵軍はどうしても厚木進駐を譲らない。期日は26日と決められているんだ」
「えー、佐藤さん今何日だと思っているんですか。もう夜中も過ぎ25日ですよ。26日の昼までにといえば、あと30時間ほどしか無い。無理ですよ」
「そこをなんとか頼む。これは日本の命運を握っているんだ。間違いがあれば天皇さまのお命に影響するんだ。安藤さん以外にこれをやれる人はいない。安藤さんを男と見込んでやってくれないか」
頼まれると弱いのが安藤の性格である。しかし、
「佐藤さん、時間も無い、危険極まりない。部下の命に関わる問題だ。今から幹部を呼んでおくから又家によって話しをしくれないか」
「ああいいとも」
(安藤も今度ばかりは即答を避けて、考え込んだ)深夜の仲原街道を引き返し多摩川を渡り、洗足池も闇に沈んでいる・・・・。
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幹部との話を無事終えた安藤は、戻ってきて佐藤と席についた。
佐藤と安藤は一息いれて、
「安藤さん。ところでこれは仕事だ。いくらでやってくれるのか」
安藤はしばらく考えて、
「仕事はサシ(現金)でということにしてもらいた」
「当然だ」
安藤は黙って指を広げて、片手を佐藤の前に出した。
「うーんそうか。5万円か・・五十万か・・」
安藤は首を縦に振らない。
「なに・・五百万か」
「そうです。五百万円だ」
佐藤はギョッとして安藤を見た。
「何で又そんなに高い」
安藤はニヤーとして、
「佐藤さん。これは俺の部下の香典代なんだ。250人は集める。佐藤さん俺たちは軍人さんと違って、ここで死んでも犬死同様なんだ。何の保障も無い。それに仕事が正しいのかは今は分からない。だからどうあっても彼らの遺族を路頭に迷わせるわけにはいかない」「それが俺の責任なんだ。俺らは家族同様なんだ。それでここまできたんだ」
安藤は一言一言噛み砕くようにはっきりと言った。
しばし沈黙が流れる。佐藤は困った。しかし後には引けない。ケチなことを言えば連中の気分を壊してしまい作業は流れてしまう。
(えーい、今の日本の金なんぞ紙くず同様になるかもしれない。この場でひるんでどうなるのか)佐藤は腹を決めた。
「よろしい・・五百万円で日本が救えれば廉いものだ・・しかし二、三条件がある。今から海軍省に行って金を貰ってくる。その時が契約成立と言うわけだ。次に俺の命令に従ってくれ。現場の指揮は俺が執る。服従してもらいたい。危険を避けるためだ」
「佐藤さん分かりました。金をたのみますよ」
「安藤さん分かったが、別に作業代はどうなる」
「冗談じゃない、そんなけちな事は言いませんよ」
安藤一流の考え方で、250人の命代、一人二万円づつという計算だ。
事態はいよいよ安藤が主役として日本の危機に突入することになる。
佐藤は手塚の運転で司令部に送り出された。